(2)米国人宣教師の働き

 ユージン・M・レーガン宣教師が米国に帰られた後、1957年にジェイ・ディー・ポーク宣教師が来日されました。ポーク先生は一九六一年まで新契約バプテスト教会で牧師として務められました。

 1962年から1964年まで、ベニー・マクワ宣教師は新契約バプテスト教会で牧師として務められました。この間にマクワ先生は牧師館を建設されました。1964年、マクワ先生は九州に移られました。無牧となった新契約バプテスト教会では教会員であったロイ・カレー先生が、横浜ミショナリー・バプテスト教会の金生谷繁雄先生と河原陸兄弟の協力を得て、説教奉仕をされ、集会が継続されました。

 1964年、マクワ先生と小倉徹夫宣教師が伝道のために九州に来られました。1970年までマクワ先生は牧師として務められました。1971年、アーネスト・ローソン宣教師が牧師として招聘され、1978年まで務められました。同年、太宰府の第一バプテスト教会が組織されました。1979年から1991年まで、小倉先生が同教会で牧師として務められました。

 1966年、チャールズ・ボボ宣教師はバプテスト・ミショナリー・アソシエーションの推薦を受けた宣教師として来日されました。国分寺高木町バプテスト教会と入間宣教バプテスト教会で牧師として務めました。2000年にボボ先生は国分寺高木町バプテスト教会を日本バプテスト連合の交わりへ導かれました。2005年にパプアニューギニア宣教に献身され、同教会を辞職されました。

 1980年から1992年まで、ローソン宣教師は天道バプテスト教会の牧師として務められました。ローソン先生は同教会を組織されました。

 1971年、マイケル・トンプソン宣教師は来日されました。トンプソン先生は、マクワ先生とローソン先生と協力して、田主丸と筑紫野で伝道をされました。トンプソン先生は日本宣教バプテスト神学校で教えられました。先生は12年間、日本で奉仕されました。

 1977年、ジョン・カーシー宣教師は来日され、2年間、日本語を学び、集会所を借りて伝道所を開設する準備をされていました。しかし、帰国することを余儀なくされました。

(参考文献:「アメリカン・バプテスト・アソシエーションの歴史」、「国分寺高木町バプテスト教会五十年の歴史」文責 鴨田 信)

(「日本バプテスト連合五十年史」13頁~14頁より転載)

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